カパメモッチ

かんじたこととかおもったこととか。わりとしょうじきにかきます。

本推しに泣かれた話

本推しに泣かれてしまった。

 

 

お屋敷から見送られるその時に

 

 

側から見れば私が泣かせたと言われても否定できない。

 

 

ただ、今ここに書き残すのは私であるのだから、敢えて私の目線で書いておきたい。

 

 

 

 

 

 

本推しに泣かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

********************

 

本推しとの出会いは8月の暑い夏の休日。

 

高校同期が仲良くしていたメイドさんがプレミアムになるとのことで、連番で未到の本6にご帰宅した時のことだった。

 

見習い服が多い中、1人新人服でパタパタと駆け回る可愛らしいメイドさんがいた。

 

整った顔立ちで、茶色襟の新人服がよく似合う。特筆すべきは頭上に輝く銀色のリボン。寒色系が似合う彼女の魅力を引き立てる。

 

彼女こそがのちに「本推し」となるメイドさんである。

 

 

アミュを入れる際には、メイドさんの顔のみならず、言動やお給仕の様子を見て決めているため、彼女を選ばない訳がなかった。

 

丁寧に対応していただき、充実した時間を過ごすことができた。チェキを撮る時も、お渡しの時も、終始にこやかで素敵なメイドさんだった。

 

 

 

9月。私は同期の初ご帰宅のリサーチ目的で、ACZの5Fを訪れた。ここに来ると、近日発売予定のブロマイドを一通り眺めるのが、私のちょっとした楽しみでもある。

 

いつも通りブロマイドを眺めていると、1人のメイドさんのブロマイドが目に留まった。

 

 

親指が開いているものの、綺麗な敬礼をしている姿。頭上の銀色のリボンをにこやかにアピールする姿。紛れもなく彼女である。

 

気がついた時にはブロマイドを1セット購入しており、初めてのサインチケットを手に本6へ向かっていた。

 

 

ベルが鳴ったお屋敷の中へと足を踏み入れると、彼女は私をすぐに見つけて、先月と同じようににこやかに対応してくれた。

 

ブロマイドのことを伝えると、私より早くブロマイドを開封し、一枚一枚を眺め、恥ずかしがりながらも喜んでいた。

 

チェキ、コレチェキ、ブロマイドサインとたくさんお話しする時間があったのも幸いし、この日から私は彼女のもとにご帰宅をするようになった。

 

 

 

 

 

 

10月半ば、私は彼女から不意を突かれるような質問をされた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、推しっていないの?」

 

 

 

 

 

 

 

いないわけではなかった。

7月に出会ったDKのメイドさんの中に推しはいたため、いないと言えば嘘になる。

 

 

 

 

「推しって概念がよくわからないけど、それっぽい人は何人かいるなぁ」

 

 

 

これなら嘘ではない。

これまでの関係からしても、ここに加える形を取れば良いと思っていた。

 

 

 

 

しかし彼女はそこで畳み掛けるように聞いてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が本推しじゃないの……?」

 

 

 

 

 

 

顔を上げると目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

「私以外にも推しがいても良いから、私が1番ってことを忘れなければ良いよ。」

 

 

 

 

 

 

僅か数秒の間に、気安く受けてはいけない質問と、それに対する譲歩策が提案された。

 

この時までの状況を踏まえても、断る理由など何もなかった。

 

 

 

 

 

 

「それなら俺も、○○のことを本推しって言えるな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとっての「本推し」が定義された瞬間である。

以来、本推しという概念に戸惑いながらも、少しずつ慣れていった。

 

それからというもの、私は極力本推しに会いにいくようになった。

 

 

ある時は、仕事帰りにそのままご帰宅し、

 

またある時は時間を間違えたために会えずに終わり、

 

またある時は新人服を見納めに行き、

 

見習い服お披露目の日には出先の東北から駆けつけ、

 

ある時は高校時代の同級生と連番でご帰宅し、

 

会社の同期とも連番でご帰宅したことも、

 

コスデーでは普段とはまた違う本推しの姿に魅了され、

 

疲れた時には本推しに励ましてもらい、

 

本推しの象徴である銀色のリボンを取り戻した時には自分のことのように喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

"象徴を取り戻す"

 

 

 

 

 

 

 

11月に入った頃、本推しはよく運営から目をつけられていた。

 

 

勤怠やSNSの運用が原因とは言われていたが、属人的な部分もあったのかもしれない。

 

少なくとも彼女の頑張りが正当に評価がされていない状況ではあったように感じた。

 

 

 

「本推し」であり、お屋敷の中でしか会えないとしても、その良さや頑張りが正当に評価されない環境にいるのなら、

 

そして彼女自身がもっとやりたいことがあるのなら、とどまることなく挑戦を続けた方が良いのではないか。

 

 

 

そんなことを考えながらご帰宅していたある日、推しからあることを伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、卒業する。」

 

 

 

 

 

 

 

 

意外にも冷静だった。

私も「そうか、お疲れ様。」と一言返すのみだった。

 

まるで自分の考えを見抜かれていたかのような、不思議な心境でもあった。

 

卒業までの日々も、彼女は投げやりに過ごすことはなく、今まで通り優しくかつ丁寧に対応してくれた。お絵描きの技術も日に日に上達し、SPのソロチェキなんかも手に入ったなら良かったなと思わないこともなかった。ただ、彼女は卒業するのだから、叶わないことを考えるのはやめよう、そう言い聞かせて考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

今思えば、引き留めてほしかったのかと思うこともある。

ただ、彼女が報われないことは、私にとってもつらかった。

 

 

本推しに会えることの嬉しさと同じくらい、

 

日に日に輝きを失う本推しの姿を見るのが、

 

私はとてもつらかったのだ。

 

 

 

 

 

 

卒業することで、

彼女がその境遇から抜け出せるなら、

彼女が楽になるなら、

 

 

 

 

私は卒業してほしいと思うようになった。

 

「本推し」が卒業して、

1人の人間として楽しく幸せに生活していることを、

二度と会えずとも、遠くから祈っていれば良い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******************

12月。

師走と言うだけのことはあり、仕事もかなり立て込むようになってきた。元々「社畜」といじられ、慣れない環境で働く日々が続いていた私も、思い通りにご帰宅できない日が増えるようになった。

 

それでも、本推しがいたことを示すためにも、認定証を書いてもらうためにランクアップをした。認定証の書き方がわからずあたふたしていたのも、懐かしい想い出になった。

 

 

本推しの卒業は平日であった。

私がご帰宅しやすいように夜まで出てくれるシフトであった。

当然のように休みを申請し、最後まで見届けて、翌日もなんなら余韻に浸るために休みを入れるかどうかを迷う。そう思っていた。

 

 

 

私が休みを申請した1週間後、卒業の日に出張の話が出てきた。私の職種における出張は他の業界のそれとは少し異なり、ひとつひとつがナマモノ、ライブのような貴重な経験であり財産になるものなのだ。少なくとも私の認識では。

 

社畜」といじられて久しいが、確かに言われても否定はできない。1番妥協せずに取り組めるのが仕事であり、その機会を逃すことは、できればしたくない。

 

一方、これまで仲良くしてきた本推しの最後の晴れ舞台を観たい気持ちもある。こんな衣装着るとか、後半の衣装は絶対に良いから来てとか、イベメンの誰がかわいいとか、告知用チェキまで作っていた。これを今更蹴るわけにもいくまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この日の出張、連れてってもらえませんか」

 

 

 

 

 

 

本推しは卒業を見送れば、それでおしまいかもしれない。

 

しかし仕事は今後数十年と続いていく。

 

ここまで妥協せずに取り組めるのだから、ストイックにいきたい。

 

 

 

 

 

 

自分の中で結論を出すのに時間はかからなかった。

 

さて問題はこれをどうやって本推しに伝えるか。もはや伝えられる術はひとつしかなかった。が、タイミングを見計らっている場合ではない。残りの回数は限られているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後となるであろう日、仕事終わりでラストギリギリに入ることができた。当然アミュも最後に回ってくる。いつも通りチェキを撮り、お絵描きをしてコレチェキの時に持ってくるタイミングまで待った。

 

 

 

 

「お待たせ!今日はどんな感じのにする?」

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日で最後だから、最後の一枚に相応しいのを描いてほしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え、最後?本当に言ってる?うわぁ卒業の日来てくれないんだ〜、でも出張なら仕方ないけど、帰って来られないの?うん、うん、そうか、遠いのね。じゃあ仕方ないね。

 

 

 

 

 

最後まで、本推しは笑顔で、一生懸命コレチェキを作ってくれた。

 

 

王冠がつくまでチェキを撮り続けた本推し

 

ご帰宅しやすいように日〜木の夜最短によく入ってくれた優しさも、

 

卒業の日もラストまで伸ばしてくれたことも、

 

 

全てが身に染みるように感じだと同時に

これを自分が踏み躙ったことも受け入れた

 

 

 

 

 

座り慣れたA卓を離れ、本推しに先導されるように玄関へ向かう。

 

 

 

 

「本当に最後なの?」

 

 

寂しそうな声で問いかけられる。

 

 

 

「ああ、ごめんな。」

 

 

とても顔を見られる状況ではない。

 

 

ただお見送りで振り返らなければ、もう二度と本推しを見ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

「今までありがとう。元気でいてね。」

玄関のところで私は振り返り、寂しさが混ざりながらも、口角を上げて、本推しの目を見て言った。

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本推しは泣き出してしまった。

 

 

 

 

嗚咽混じりに、私に対して、

「ありがとう、元気でね」

と、振り絞るように返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の中で、私がどのような人間であるかは正直わからない。覚えていないかもしれないし、相応のことをしている以上は最低な人間と思われていても仕方がないとも思う。

 

 

 

 

 

 

ただ、あの日、

本推しが涙を流していたこと、

傷つけてしまったかもしれないことは、

忘れずにいたいし、しなければならない。

 

 

 

もしかしたら、

自分が悲しませていたのなら、

同じような想いをする人を、

増やさないようにしなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業以降、ご帰宅する回数は減った。

仲良しと呼ばれるメイドさんの卒業を、

何人も見送ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月末。

かつての本推しよりも、さらに真っ直ぐで純粋な、真面目な仲良しが卒業することになった。

 

同じ過ちを繰り返すなよ、と

自戒の意味を込めて、

改めてここに記しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死守すべき休みもあるぞ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************

年が明け、彼女が作ったであろうアカウントから「メイド○○を封印します」との告知があった。その数日後、宣言通りそのアカウントは消失した。

 

 

彼女が封印したのであれば、

私がその名前を出すのもまた、

彼女の本意ではないように思った。

 

チェキツイも削除し、

本推しの名前を呟いていた投稿も削除した。

 

ブロマイドとチェキ類はひとつにまとめて

部屋の棚の奥へと仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から2ヶ月余りが経過した。

 

私は、卒業の日に行った出張のおかげで、

ひとつやりたい仕事を成し遂げられるところまできた。

 

あの時しんどかった仕事も、

乗り越えられるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が今、どこで何をしているか、

それは私の知るところではない。

 

彼女と仲良しだったメイドさんと会うと

「伝えておくね」と言われるが、

やめてほしいと都度言っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

今の、そしてこれからの彼女は、

今後会うことがあっても、

たとえ同じ名前で出戻ることがあっても、

彼女はもう「本推し」ではないのだから。